
むかわ町立富内小学校跡を訪ねてみた。

割と真新しく見える閉校を知らせる看板。

避難所の看板には富内小学校の文字が残っている。

学校へと続く道。
通った多くの子どもが同じ風景を見ているんだろうな。

右側の校門。
穂別町立富内小学校の表札がついている。
市町村合併で穂別町がむかわ町になってもそのまま残してたんだね。

左側の校門。
こちらは穂別町立富内中学校の表札。
以前は併置校だったんだ。

とみうちの文字が残る記念碑。

開校記念碑だったみたい。
富内小学校70周年、中学校30周年のタイミングで建てられた様子。

もう一つあった石碑。
むかわ町立富内小学校閉校記念碑。
校歌と沿革があった。

石碑の裏側。
永 遠 に
白雲たなびく連峰を仰ぎ
理想郷を目指すイーハトーブの森の高台に
この富内小学校があった。
鵡川の清流のように、そして夜空の銀河のように
艶化で澄んだ心を育て、人間教育を追い求めた
学校であった。
一六五六めいがこの地で学び、巣立っていった。
閉校に際し、思い出が永遠に生き続けることを
願い、学び舎の歩みをここに記す。
平成三十年三月三十一日
と素敵な文章があった。

校舎。
相変わらず横に長い学校の撮影は苦手。

校章。

ちょっと中を覗くと
閉校式に使われたままなのかな?って雰囲気。
こうしてそのままの空気が閉じ込められている感じが好き。

遊具とかも残っていた。
時々いまでも草刈りとかされているんだろうな。

水飲み場。

また閉校記念碑があった。
左下の石板には富内中学校校歌とあるので、
こっちは中学校の閉校記念碑だね。
ということは小学校が現役の頃、
子どもたちも目にしているんだろう。

可愛い色の体育館。
イメージはイチゴケーキか。

四阿。
手前には木製の電信柱。
自分が小学生の頃は時々残ってた気がする。

ちょっと木々が邪魔をしているけど、
この風景がイーハトーブだったのかな。

帰り道に見つけた看板。
一番上には富内小・中学校とあるので古いものなのかも。

1974~1978年の航空写真。
プールがあったり、
離れの建物(中学校かな?)があったりはするけど、
ほぼ今の建物と変わらない様子。
むかわ町立富内小学校は2018(平成30)年に
むかわ町立穂別小学校に統合となり閉校している。