【苫小牧市】蝦夷地開拓移住隊士の墓を訪ねてみた 2024.5.3

苫小牧市にある蝦夷地開拓移住隊士の墓を訪ねてみた。

ここは元々来ることを予定していた場所ではなく、

たまたま立ち寄ったってのがホントのところだったりする。

 

 

 

説明書きのある看板。

看板には

 寛政11(1799)年、先住民族アイヌの人々が生活する蝦夷地(現在の北海道

・サハリン・千島列島)への度重なる異国船の来航やロシアの南下政策に対

処するため、江戸幕府松前藩松前章広に対し、蝦夷地を幕府の直轄地と

することを通達した。

 八王子千人同心千人頭の原半左衛門胤敦を隊長とした100名の八王子千

人同心は、蝦夷地の警備・開拓を志願して、翌12(1800)年に武蔵国多摩郡

王子(現:東京都八王子市)を出発した。原半左衛門は50名を率いて白糠

場所(現:北海道白糠郡白糠町)に向かい、弟の新介は50名を連れて勇払

場所(現:北海道苫小牧市勇払)に移り住んだ。享和元(1801)年には白糠

勇払に15名ずつ増員され、警備・畑作り・道路整備などを行った。

その後、幕府の方針が変更となり、慣れない蝦夷地での暮

らしで犠牲者が多数出るなどして、文化4(1804)年に解散

となった。「蝦夷地開拓移住隊士の墓」は、江戸時代後期

に本州から蝦夷地への集団移住を試みた八王子千人同心の歴

史と、アイヌ民族・和人・諸外国との関係を含めた当時の

蝦夷地の状況を伝えるものであり、彼らの墓石を市の文化

財に指定している。

とある。

苫小牧市指定史跡なんだねぇ。

 

 

蝦夷地開拓移住隊士之墓跡とある石碑。

ん?

墓跡?お墓いっぱいあるじゃん。

 

左側の墓標群。

 

右側の墓標群。

 

あったお墓の全部。

 

苫小牧市のウェブサイトによると、

もともとこれらの墓石は勇払原野に散在していたものを

戦後、勇払墓地に集合させたみたいだね。

 

正面の地蔵尊があったそばの石碑。

 

ちょっと残念なのはこの地蔵尊の撮影をし忘れたこと。

最後の最後で画像なしって・・・。