
ここは元々来ることを予定していた場所ではなく、
たまたま立ち寄ったってのがホントのところだったりする。

説明書きのある看板。
看板には
寛政11(1799)年、先住民族アイヌの人々が生活する蝦夷地(現在の北海道
・サハリン・千島列島)への度重なる異国船の来航やロシアの南下政策に対
処するため、江戸幕府は松前藩主松前章広に対し、蝦夷地を幕府の直轄地と
することを通達した。
八王子千人同心千人頭の原半左衛門胤敦を隊長とした100名の八王子千
人同心は、蝦夷地の警備・開拓を志願して、翌12(1800)年に武蔵国多摩郡八
王子(現:東京都八王子市)を出発した。原半左衛門は50名を率いて白糠
場所(現:北海道白糠郡白糠町)に向かい、弟の新介は50名を連れて勇払
場所(現:北海道苫小牧市字勇払)に移り住んだ。享和元(1801)年には白糠
と勇払に15名ずつ増員され、警備・畑作り・道路整備などを行った。
その後、幕府の方針が変更となり、慣れない蝦夷地での暮
らしで犠牲者が多数出るなどして、文化4(1804)年に解散
となった。「蝦夷地開拓移住隊士の墓」は、江戸時代後期
史と、アイヌ民族・和人・諸外国との関係を含めた当時の
蝦夷地の状況を伝えるものであり、彼らの墓石を市の文化
財に指定している。
とある。
苫小牧市指定史跡なんだねぇ。

蝦夷地開拓移住隊士之墓跡とある石碑。
ん?
墓跡?お墓いっぱいあるじゃん。

左側の墓標群。

右側の墓標群。










あったお墓の全部。
苫小牧市のウェブサイトによると、
もともとこれらの墓石は勇払原野に散在していたものを
戦後、勇払墓地に集合させたみたいだね。

正面の地蔵尊があったそばの石碑。
ちょっと残念なのはこの地蔵尊の撮影をし忘れたこと。
最後の最後で画像なしって・・・。