美唄市郷土資料館を見学してきたよ その1 2024.1.21

美唄市にある美唄郷土資料館に見学に来たよ。

 

 

 

場所は美唄市役所とJR美唄駅の間あたり。

自分的には「市町村役場をめぐる」と「廃校をめぐる」と「神社をめぐる」の

3つの取り組みでこの辺りをウロウロしているスポット。

それ以外にも興味あるスポットがたくさんあるので

今後も探索したい場所のひとつ。

 

 

正面玄関。

開館時間は水曜日から日曜日の9:00から17:00まで。

月曜日と火曜日、あと年末年始はおやすみ。

入館料は大人300円で小・中学生は70円。

大変申し訳ないけど現在の街の規模から考えると

とても立派な建物だ。

ちなみに建物すぐそばにはこの建物の駐車場があるけど、

それほどたくさんはない。

とはいえ、よほど何かないと満車になることもないんだろうけど。

 

 

建物に入って左手に行くとカウンターがあり、

ここで入館料を支払う。

今の時期ならではだけど

ちょっと癖の強いビニールの張り方をしているね。

 

 

実はここに来たのは2回目だったりする。

前に来たのは忘れてしまうくらい随分前なんだけど。

 

 

エントランスから展示室までの道すがらにも

展示品が並んでいる。

これは昭和基地周辺の代表的な南極の石。

クジラの尿管結石と言われたら

なんかそんな感じもする。

 

 

開かずの金庫。

元々は三井美唄郵便局で使用されたいたものとキャプションがついている。

所さんのテレビ番組で金庫開けるやつで登場したみたい。

そんな貴重な金庫にはシールが貼られちゃっているけど、

こういうのはどうなんだ?

歴史的資料の価値が変わっちゃたりしないのだろうか?

 

 

壁に美唄のあゆみという美唄市の沿革があった。

明治19(1886)年から平成13(2001)年までの歴史が刻まれている。

美唄の歴史は石炭とともに始まって今に至っていることが分かる。

 

 

美唄町道路元標。

道路元標は各市町村に1つずつ設置されていたもの。

この道路元標は美唄市内の正教寺というお寺の敷地内に

昭和45(1970)年からあったものみたい。

昭和5(1930)年に設置されたと背面に記されているが

当初の設置場所は不明とのキャプションがついている。

 

正教寺さんは国道12号線沿いにあり

郷土資料館から少しだけ南側(岩見沢、札幌方面)にある。

 

 

さて、ここからが展示室になる。

 

 

入ってすぐは北海道の郷土資料館でよく見られる

動物のはく製が並んでいる。

 

 

ちょっと前の画像にも写り込んじゃっているんだけど、

自分的にはこの資料館のメイン展示だと思っている光珠内いん石。

 

 

ズームして撮影してみると、

なんと説明書きにピントが合っているミラクル。

家に帰ってきてから見直していてびっくりしたよ。

 

 

大好きなジオラマ

これは上川道路工事で囚人が道路を作っている様子。

今の国道12号線の原型になる。

日本一の直線道路部分を有する国道12号線

開拓の頃、囚人に作らせたという歴史がある。

 

 

展示を全部紹介していたらいくら何でも大変なので

唐突に飛び飛びなっているのはご愛敬と思ってください。

これは開拓の頃の小屋。

壁の部分に比べ屋根の部分は随分豪華だ。

雪が降り積もる土地柄ってのもあるのかな。

 

 

美唄の郷土資料館ということで

やはり炭鉱関連の展示はかなり充実している。

 

 

壁にあった美唄鉄道の駅の数々。

これはそのうちめぐってみたいと思っている。

 

 

常盤台駅構内のジオラマ

これは以前来た時にはなかったと思う。

 

 

人民裁判事件記録画。

美唄市指定文化財第13号に指定されている絵画。

 

 

石炭と鉄道は切っても切り離せない関係だが、

美唄はとてもたくさんの資料が残っているので

見えていてすごく楽しい。

 

 

先ほどジオラマでもあった常盤台駅周辺のパネル写真。

右上の方に写っているのは学校かな?

 

 

我路炭鉱労組の旗。

この旗の下に旗が焼かれていた写真があったんだけど、

その旗と違うのかな?

 

 

これは今でも近い姿が見ることができるよね。

現在は炭鉱メモリアル公園として残っている。

 

 

大きな石炭柱。

掘り出されたのは1950(昭和25)年ってあったけど、

石炭が生成されるまでの時間を考えると

ほんの誤差の範囲内くらいの時間なんだろうね。

 

 

坑道を模されているゾーンへ入って行く。

 

 

入ってすぐにあった坑内用電話機。

古い顔みたいな形をした電話は見ることはあるけど、

この形のものはみないよね。

炭鉱でしか見ないものなのかな。

 

 

石炭の掘っている様子。

明治のころとある。

 

 

同じく大正のころ。

 

 

最後に昭和のころ。

 

なんかどれも一緒な感じだけど

使っている道具が違う感じなのかな。

結局のところ人がやっている分にはほとんど変わらないよね。

 

 

災害時の道具。

炭鉱に事故はつきものと言うくらい

採掘と事故は表裏一体の関係だ。

美唄をはじめ空知地方の炭鉱の最後は

事故で終わっている印象が強い。

そんな時に使われていた道具の数々。

 

右の方にある黄色いやつに鹿島ってあるけど、

もしかして夕張の鹿島のものなのかな。

 

 

ちょっとまだ長くなりそうなので

一旦切ります。